皿と血
文/TAKAGI KAORU絶頂。
あるがゆえに美しい私が制作していく過程で迎える絶頂は何度かあるが、
最後の最後にやってくる最大の絶頂とは
人が私の作品で食事を終えた後の状態を見た時である。
食べ終えた皿がそこにあるという事は、確実に誰かしらが
エネルギー摂取をしたということであり、エネルギーを摂取した人間の
次への行動はエネルギー放出である。
そして、そのことに私の作品である皿が道具として関わった。
一般には「汚れた」と言うのであろうその皿を見ると
確実に約束された人間の未来への希望の証を見たように思うのである。
「終わったかのような所に始まりはある。」
私は食べる事が次の何かしらへのエネルギーとして
活用されるという元に食すものこそ一番美味しいと考えている。
その考えがあるがゆえに、食べ終えた皿が私にとって一番美しいのだ。